ソニー生命保険

プロフェッショナル魂 (第14回)

ソニー生命で働く「人」にスポットをあて、仕事にかける“思い”などについて語ってもらう連載企画「プロフェッショナル魂」。
今回はシニア ライフプランナーの五十嵐大輔が登場。プロ野球を目指していた五十嵐が、なぜ保険のプロであるライフプランナーになったのか。野球を通して培ったプロ意識とは?

野球をやりたい一心で高校、大学と進学

プロ野球を目指していたそうですね。

五十嵐:はい、小学校3年生から野球をやっていました。自他ともに認める野球少年で頭の中まで野球一色。将来はプロ野球に入りたいと真剣に思っていました。だから大学も野球の推薦枠を使って國學院大學へ進学。というのも、人生の恩師でもある竹田利秋監督がいたからです。

竹田監督は高校野球の名門・東北高校、仙台育英高校と27年間で両校ともに10回以上も甲子園に出場させた名監督。現在は國學院大學野球部の監督をされているという話を聞いて、「それなら、どうしても國學院大學の野球部に行きたい」と思ったのです。

野球を通してどんなことを学びましたか?

五十嵐:「24時間プロ意識を持つ」ということです。試合は2,3時間、普段の練習はグラウンドで8~10時間ですが、試合で勝つにはそれ以外の時間を「どれだけ野球につながる意識で過ごせるかだ」ということを学びました。例えば体の重心が傾いていたり、背中が曲がったまま歩いていたりすればグランドで修正できないし、そのときだけフォームを意識してもそれは自分のものになっていない。だから、全員歩き方から徹底指導されました。そのくらい日常からプロ意識を持ちなさいということです。

それとメンタル面ですね。監督は「野球がうまいからって、人として優れているわけではない」ときっぱりと言い切りました。そして「社会に出たらそんな能力なんか誰も見向きもせん」とも。 人って「自分はほかの人よりも上だ」と思うと、偉くなったと勘違いして態度に表れる。レギュラーほどグラウンド整備や掃除など人一倍働くことが当たり前。そんな謙虚さも教えられました。

竹田監督の指導はとても厳しく、私たちへの要求レベルも高かったけれどそれだけに私の心の深いところに響くというか、愛情にあふれていたと思います。「野球は人がやるもの。だから人間が本物でなければいけない」というのが信条で、野球を通して人間性を磨くことが大切だということを学んだ4年間でした。

「プロ野球」への道はどうなったのですか?

五十嵐:ある時、監督に呼ばれて「卒業したらどうしたいんだ?」と聞かれ、私はプロを考えていると言うと「プロには行けないよ」と言われたんです。「プロになるためにどの技術をどこまで上げなくてはいけないのか、明確な目標は?」と問われて、正直に「わかりません」と言いました。すると「それもわからないで、どうやって練習するの?」って。

ショックではありましたが、周りにいた本気でプロを目指している仲間を見て監督の言葉の意味がわかったんです。彼らは明確な目標をもち、ドラフトで指名されるための視点で自分を磨いている。毎日のグラウンド練習以外でも個人練習をして、睡眠時間の管理や体を作るための食事にも細かく気を遣っている。そんな「ケタ違いの本気度でプロを目指している人間とのギャップ」をまざまざと見せつけられたのです。

それに比べて自分は「プロになれたらいいなあ」くらいの気持ちだった。早い話が挫折したんです。 でもそれも含めて、野球から学んだ「人として本物になれ」という教えは、私にとってかけがえのない宝物です。

就職はなぜ銀行に決めたのですか?

五十嵐:プロ野球への道は断念したものの、野球は続けていきたかったんです。なので、野球部をもっていた地元の銀行に入行しました。そんな理由で入った銀行でしたが、業務は楽しかったです。もともと人に会って話をするのも好きでした。

野球部なので朝5時半~10時半まで練習。その後出社し、通常の行員と同じ業務をこなすという日々でした。野球部だからといって業務が少ないわけではなく、仕事量はほかの人と一緒です。だから、限られた時間内で業務を終わらせるように工夫して、業績を上げるように努力しました。

「ここでプロになりたい」山形支社長 高橋との出会い

ソニー生命への転職の決め手は?

五十嵐:実は、山形支社長の高橋に会ったその日に、ソニー生命への転職を決めました。決め手は支社長の目。「あ、この人は嘘を言っていない」と直感的に感じたんです。そして「この人ならだいじょうぶだ」と思いました。 支社長に「保険ってどう思う?」と聞かれたとき、私は正直に「好きではないです。むしろ嫌いです」と答えました。すると支社長は「わかるよ」って。「この人いったい何なのだろう」と思いましたね。(笑)

保険って付き合いで入るといったイメージがあったのですが、支社長から「保険はあくまでも家族をどう守りたいかという手段。なのに知り合いだから入るっていうイメージはおかしいと思わないか」という話を聞いて妙に納得できたんです。なにより支社長の「業界を変えたい」という強い意志に動かされました。「力を貸してくれ」と言われ、即決しました。「この人と仕事がしたい。ここでプロになりたい」と。

意気揚々とライフプランナーになってはみたが…

ライフプランナーになっていかがでしたか?

五十嵐: 保険の知識もスキルもありませんでしたが、前職が同じ金融業界ということもあり根拠のない自信がありました。でもすぐにその気持ちは打ち砕かれました。お客さまのお宅を訪問しても、話も聞いていただけないし会ってもらえない。とにかくがむしゃらにやれることをやってみる、そんな感じでした。

それでもなんとか2、3年経ってふと振り返ると、自分はただ数字だけを追いかけるような仕事をしていることに気づきました。契約という「結果ばかり」求めて仕事をしていたなと。仕事の質のレベルが上がっていなかったのです。 このままではなんとか生計は立てられても、仕事の満足感や納得感がない空しさしか残らない。「自分は何をしにここへ来たんだっけ?」と、悶々とするようになりました。

どうやってそこから立ち直ったのですか?

五十嵐:もう、本当にどうしたらいいかわからなかったので、同期の仲間や全国の先輩に片っ端から聞きました。ストレートに「わからないんです」「どうしたらいいのでしょう」と。すると、皆さん親切に教えてくれたのです。「こっちから行くよ」と山形まで来てくれた全国の先輩ライフプランナーもいました。そうやって教え合って人を育てる文化があるのがソニー生命という会社なんだと、本当にありがたく思いました。

そこで大事なことを思い出したんです。この仕事で大切なのはお客さまを納得させるようなテクニックではなくて、「人として本物になる」ということ。自分がお客さまと一緒に歩んでいく覚悟があるかということ。テクニック以前の問題です。

私は実は「万が一が心配で…」と言うお客さまに会ったことがないんです。それなのに、私は「万が一のときって心配ですよね?」と不安をあおって、契約をお預かりしていたのではないか。そうではなく、お客さまの「今」の悩みを解消することが大切で、お客さまの「今」にきちんと寄り添う。そのうえで、不測の事態が起こった際のリスクヘッジもすることで、お客さまに安心していただき、心から喜んでいただけるんです。当たり前なんですけどね。

そうしてやっと、これがライフプランナーなんだと気づきました。これをやるためにソニー生命に転職してきたのだと。仕事と気持ちがリンクしたんです。

お客さまがやりたいことを実現できるサポートをしていきたい

うれしかったエピソードを教えてください

五十嵐: 3年ほど前、都心から山形のご実家へ戻ってきて家を建てられたお客さまに、住宅ローンで月々の負担が軽くなるようなプランを提案したときのお客さまの「ありがとう」の言葉が忘れられません。いままでは、お客さまから「前よりも中身がいいね」と提案を評価されても「ありがとう」とは言われなかったんです。「人に感謝されることがこんなにもうれしいことなんだ」としみじみ感じました。

私はお客さまとお会いするときに、最初に「夢のプラン」をお聞きします。「え、今さら夢なんて…」という方も多いのですが、お客さまの話を聞き「こうすればもっと家計が安定しますよ」と生存時の収支改善のプランを提案してから、もう一回聞くのです。「お客さまの夢ってなんですか?」

すると今度は「夢っていうか、やりたいことなら…」とお話ししてくださるのです。お金の面で安心していただくと、気持ちの余裕もできるのでしょうか。例えば「新婚旅行で行ったところに、もう一度行きたいと思っているんです」と言う奥さんに、ご主人が「おれもそう思っていた」という会話が生まれて。私が「それならお子さんも連れて行ったらいいですよね」と言うと「それもいいねえ」と広がっていく。そんなとき「ああ、この瞬間がたまらない!」と思います。

将来はまた野球界に戻りたい?

五十嵐 : 以前、県内の高校でボランティアで野球部のコーチをやったのですが、家庭の事情を抱えるなどで自分にレッテルを貼っていたり、経済的な理由で野球をあきらめる子が多かったんです。「人を育てないと」と。竹田監督の教えがよみがえりました。そして自分も「野球を通して人を育てることも好きなんだ」と気づきました。

だから自分が野球をするというのではなくて、子どもたちのために基金をおこすなどができないかなと考えています。野球をしたい子どもたちが「思う存分野球を楽しめる環境」を作りたいんです。そこから学べるものは、その子の宝物になりますからね。

私自身、野球を通して「プロとは」何かを教えられました。それが仕事にも活きています。今はまだライフプランナーのプロは「これだ」というものを模索していますが、プロはよくも悪くも、全て自分に跳ね返ってくるものを受け止める責任がある。その覚悟はできているつもりです。

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支社長の高橋と一緒に。「今の支社長じゃなかったら、多分ライフプランナーになっていないと思います」(五十嵐)。
支社長室にはいつも数種類のドリンクが常備。栄養面でも見守ります。

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所長の白田(右)と松田(左)。3人は野球時代の仲間であり、今はソニー生命の仲間でもあります。

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思い出の品々。特に大学時代の恩師、竹田利秋先生のDVDは心の拠り所。

※文中の所属、役職等の情報は2016年5月31日時点のものです。

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